神殿の広間は、神の膝元の名にそぐわぬ剣呑な雰囲気で満ちていた。部屋の主であるヴラーンゲリは、槍を持った十数人の兵士に囲まれながら平素と変わらない微笑を浮かべる女に、明らかに気圧されていた。彼は内心を隠しながらせいぜい慇懃に見えるように礼をした。 「これはこれは、『舞姫』殿。こんなところに何のご用ですかな」  女は、氷のように冷たい視線を返して、凍えるような声で言った。 「出来れば来たくありませんでしたよ、ヴラーンゲリ。彼らはどこですか?」 「何のことですかな?」 「とぼけないでください。呼び出したのは貴方でしょうに」 「……だとして、『舞姫』殿に何か関係がありますか」 「彼らは我々の希望です。そう簡単に害させるわけにはいきません」  その言葉に、ヴラーンゲリは憤った。 「何を言う! それを言うなら奴らこそ我らが宿敵。すぐにでも八つ裂きにしてやりたいくらいだというのに、それを、盟約に従って生かしているだけ、ありがたいと思って欲しいものだ」  立ち上がったヴラーンゲリに、冷たい視線が差し込まれた。彼は、その目に呑まれ、一瞬、言葉を失った。  『舞姫』は、先と変わらぬ声音でもって、同じ言葉を繰り返した。 「ヴラーンゲリ、彼らはどこですか?」 「……知らんな」 「ならば、勝手に探させていただきます」 「待て!」  ヴラーンゲリは振り返った『舞姫』に、不敵な笑いを見せた。 「『ここ』はもはや我らの管轄。勝手なまねをされては困るな」  ヴラーンゲリが言うと、控えた兵が一斉に『舞姫』に槍を向けた。 「何のまねですか」 「お引き取り願いますよ、『舞姫』殿。いくら貴女でも、この人数を相手に、無事ではいられまい」  くくっ、とヴラーンゲリは喉の奥で笑った。  次の瞬間、『舞姫』の懐から銀光が走り、側にいた兵の一人がずたずたに引き裂かれた。ヴラーンゲリの顔からは余裕が失われた。 「笑止……」  小さくつぶやいた『舞姫』の手にあるのは、親指ほどの幅で長さ5メートルはあろうかという細長い鋼板で作られた、鞭のようにしなり剃刀のように斬れる特殊な剣だ。 「相変わらず、貴方は『傲慢』ですね。その驕慢が、相手を過小評価し、破滅を導く結果となるのですよ」  ヴラーンゲリは悲鳴を上げ、兵士をけしかけると、しっぽを巻いてその場から逃げ出した。